こんにちは!市民ライターの北裕実です。
さて、今回は、呉市安浦町に誕生する地域拠点「Nous房(ヌーボー)」を紹介します。
空き家をリノベーションしたこの場所は、子どもたちの学び場や、地域の人が集まる居場所になる予定です。主宰するのは、ご自身も安浦町に移住し、4人のお子さんを育てる会社員の峠下陽(たおした みなみ)さん。10月のプレオープンを目指して改修が進む現地を訪れ、活動への想いを伺いました。

移住と災害を経て感じた、地域の温かさ
「Nous房」は、JR安浦駅から徒歩10分ほどの海沿いのエリアにあります。趣のある木造平屋の建物の前では、峠下さんと、この家を貸している岡崎さんが待っていてくれました。
峠下さんが安浦町に移住したのは、2018年に起きた西日本豪雨災害の少し前。災害時には、慣れない土地でどう避難していいかもわからず、自宅にとどまるしかなかったと言います。そんなとき、見ず知らずの地域の方が車に乗せてくれて、実家の呉市仁方町まで避難できた経験があるそう。
「移住直後で地域のことや子育てのことを誰に聞いたらいいかわからず、心細さもありました。でも、こんなふうに助けてもらい、安浦は、人が本当に温かい町だと感じました」
この出来事が、地域の人と気軽につながれる場所をつくりたいという想いの原点になったそうです。
子どもたちの「やりたい」を叶える場に
峠下さんは、会社員として働きつつ、ボランティア団体「呉市地域協働総合文化本部」を主宰しています。
主な活動は、「放課後文化部」。中学校に文化系の部活が吹奏楽部しかないことから「もっといろんなことに挑戦したい」という子どもたちの声を受け、美術部と調理部を立ち上げました。今は対象を小学生から中学生までに広げ、月に数回、自由に創作や料理を楽しむ活動をサポートしています。
活動に参加するお子さんの保護者から「子どもの顔がとてもキラキラ輝いている。自分から話しかけていく普段とは違う姿を見てうれしかった」という感想をもらったことが励みになっているそう。「子どもたちのためと始めた活動ですが、本当に楽しんでいるのは自分だなぁと感じています」と峠下さんは笑います。

財団やまちづくり協議会と共催した子ども向けイベント『まるいちにちクジラびより』。協働の方が調理してくれたお昼を一緒に食べる時間も
活動拠点は公共施設の安浦まちづくりセンターですが、共用スペースにはどうしてもできることに制約があります。
「もっと自由に表現できる場所をつくりたい」
そう考えて出会ったのが、空き家バンクに登録されていたこの建物でした。大家の岡崎さんは「生家を壊すのは忍びない、誰かの役に立ててほしい」と願っていたため、峠下さんの活動への想いを聞いて「ぜひ使ってほしい」と快諾されたそうです。
部活動のサポートから少しずつ幅を広げ、現在は、町外の企業とも協働したさまざまな企画に取り組んでいる峠下さん。「活動を通じて、より豊かな地域コミュニティが生まれ、地域の活性化にもつながるといいなと考えています」とおっしゃっていました。
災害の記憶を引き継ぎながらリノベーション
この建物は、西日本豪雨で床下浸水の被害を受けました。外壁には、今も濁流に浸かった水のラインがはっきりと残っています。災害からの復興が進むにつれ、災害をどう伝承するかも課題になっていました。
「過去の記憶を消さずに、未来につなげる場所にしたい」
そう考えた峠下さんは、この浸水ラインをあえて残したまま「Nous房」として再生することを決意しました。
改修は数年がかりの作業。床下の清掃や床板の張り替え、天井を抜いて梁を見せる開放的な空間づくりなどを、時間をかけて少しずつ進めてきました。
懸念点は、トイレの改修でした。みんなが集まる場所にするにはトイレはどうしても必要ですが、費用もかかり、間取りの工夫も必要でした。しかし、地元の工務店や職人さん、さらに呉高専の学生たちがアイデアや作業で協力。補助金も活用して新設する目処がつき、2025年の秋には念願のトイレが完成する予定です。
「本当に、温かい人ばかりなんです」と峠下さん。工事を通じて、住宅設備会社や瓦屋さんなど、さまざまな企業ともつながりができ、みなさんが助けてくれたそう。「住宅のことで困っている移住者さんには、今回の経験を少しでも役立てていきたい」と語る表情には、地域への感謝やつながりを大切にする想いが感じられました。
昔ながらの建具も活かしてリノベーション
かつてトイレだった場所からは海が見える
目指すのは、誰もが集える地域の居場所
「Nous房」は、昼は育児中のママパパや地域の方の集まりに、放課後は学校帰りの子どもたちの学びの場として、夜は大人たちが語り合うスペースとして活用する予定です。峠下さんが主催するイベントを行うだけでなく、レンタルスペースとしても開放し、地域内外の人が自由に使える場を目指しています。
「Nous房が育児や生活相談の窓口となることで、移住者の方が気軽に相談できる場所になればうれしい。地域の方も子どもたちと一緒に料理を作るなど活躍いただける場にしたい」と峠下さん。
青空市のマルシェや無料塾など、ここでの活動を検討してくださる方も集まっているとか。世代を越えて声をかけ合える居場所づくりが、安浦町に新しい風を吹き込みます。
「Nous房」の名前に込めた想い
「Nous房」という名前は、フランス語の「私たち=nous」と「voice」を組み合わせ、オリジナルで考案したものです。
「房」には、併設する工房の意味に加えて、「ボー」という音に「声(voice)」をかけ、みんなの声が届く場所にしたい」という想いも込めているそう。そして、「ヌーボー」の読み方は、フランス語の「新しい」という意味にも通じます。
取材中、何度も「私一人ではできないことばかりでした」と口にしていた峠下さん。困ったことはないかと大家さんがいつも気にかけてくれたり、地域の方々が「子どもたちの声が聞こえるような場所になったらうれしい」と完成を楽しみにしてくれたり。そんなつながりの輪を広げていける場所にしたいという、未来への希望も感じられる、素敵な名前です。

お披露目イベントは10月下旬
10月下旬には「Nous房」のお披露目を兼ねて、プレイベントを開催。西日本豪雨の記憶をたどるまち歩きや、Nous房での食事体験に加え、専門家と一緒に作る薪のかまど「アースオーブン」のワークショップも予定されています。アースオーブンは、パンやピザを焼けるだけでなく、ライフラインが止まった災害時の調理手段としても注目されています。防災の学び、暮らしの楽しさ、地域のつながりなど、さまざまな体験ができるプログラムです。
移住や空き家活用、地域とのつながりに興味のある方は、ぜひ足を運んでみてください。
詳しい日程やイベント内容は、「呉市地域協働総合文化本部」のインスタグラムで順次発信されますので、ぜひフォローしてチェックしてみてください。
お披露目時期を10月に選んだのは、西日本豪雨災害で開設された避難所が閉所した10月2日に関連しています。節目の月に改めて集まることで、災害の記憶を忘れずにこれからへつなげていきたいという想いが込められています。
「移住には、生活や環境の変化にとまどいを感じることもありますが、そんなストレスを少しでも軽くできる場になればと思っています。安浦町で一緒に子育てをしたり、たわいない会話でふとした幸せを感じるような時間を過ごしたりしたい方にも参加いただきたいです」と話してくれました。
まとめ
取材でお会いした際、峠下さんの着ていたブラウスは、色とりどりの絵の具で染まっていました。活動のとき、子どもたちが思い切り絵の具を塗ってくれたものだそう。峠下さんはこのブラウスをとても気に入っていて、ここぞというときに選んで着ているとか。自由でのびやかな活動を象徴するその姿から、まさに「Nous房」の未来そのものを感じました。
安浦町の人の温かさと、新しい居場所の可能性を確かめに、まずは10月のプレイベントに参加してみませんか。